しろたぴのブログ

2日に1回くらいの頻度で、その時頭に残ってたものを書き留めていくブログです

猫らしく

 猫が好きだ。 来世は猫になりたい。

 猫は気品があって、気ままで、それでいて気怠げで、なにより自由。 人懐っこくしても逆に人を見下したかのような感じでツンケンとした態度をとっても「猫らしさ」を簡単に演出することが出来る。 

 この「らしさ」というのが今の無個性な私にはなによりも羨ましく、妬ましく感じる。

 

 私は今駅のホームの白線の前に立っている。 初めは勤め先に向かう為に。 これが人間のある種の習性で、普通に「人間らしく」生きていくために必要な行動だ。 だがしかし毎日仕事をしているうちに、私はそれがふと、とても嫌になった。

 夏の日に太陽に見下され、時間という概念に背中を押され続け、「人間らしさ」が私にプレッシャーで圧し潰そうとしている、ような気になる。

 気付けば駅のホームの白線に立つ理由が変わっていた。 「人間らしさ」を一生懸命演じ続けることに疲れ、来世に思いを馳せながら白線の前に立っている。

 

 なぁアンタ。

 声をかけられた。 振り向くと日差しを溜め込む私のスーツ姿よりずっと黒い、パンクっぽい格好をした、それでいてなぜか気品のある糸目の女が私のことをジッと見つめていた。

 今からこの白線の向こうに飛び込もうという考えを見下された気がして、私は返事が出来ないでいると、彼女は続けて話しだした。

「猫っていうのはさ、アンタが思ってるほどいい存在じゃないんだよ。飼い猫なんて見てみろよ、猫本来の気高さなんてものはすっかり忘れちまってる。ゴロゴロ鳴らしながら飼い主サマに媚びてるだけなんだよ」

彼女は気怠げな、大きな欠伸をしながら続ける。

「結局は、なにが言いたいかっていうと、猫も人間とやってることは変わらないんだよ。外に住んでる猫なら自分の食い扶持は自分でなんとかしないといけない。 外敵からも見を守らなきゃならない。逆に誰かに飼われるなら、その飼い主サマに一生懸命媚びへつらって、飼い主サマが望む「猫らしさ」を演じないといけない。わかる? 猫らしく、ってのも案外大変なんだよ、わかる?」

 なぜか全てを見下されていた私は、猫を馬鹿にされたような腹ただしさよりも、心の拠り所に、というよりかは"次のアテ"にしていた「猫らしさ」を全て否定されて、じゃあ人間でいることに疲れた私はどうしていいかわからないという思いのほうが強くこみ上げ、無力さからまたしてもなにも話せないでいた。 私は人間だが、ヒトの得意技である会話もままならないらしい。

 ただそこ突っ立っているだけでなにも出来ない私を見ながら、彼女は微笑みながら話を続ける。

「どうしていいかわからない? じゃあ「猫らしく」生きればいいじゃん、外猫か飼い猫かは別にしてさ。」

「わからないかい? そのままの意味だよ。なんで人間に産まれて、人間らしく生きないといけないのさ。そんなこと誰が決めたんだ?」

 私は彼女の言っていることがとても難しく感じたが、それと同時にそれを言ってのける彼女のことがとても羨ましく感じていた。

「私は人間らしく生きることが出来なかった、そして今貴女に心の拠り所も否定された。 どうしていいかわからない」

 白線を見つめながら言葉を吐き出す。そして彼女はまたしても大きな欠伸をしてから話し出す。

「もし、自分で決めれないなら、アタシが今から手を引っ張って導いてやるよ、猫らしく生きれるように。 でももしかしたらアンタに合わないかもしれないね。 でもその時はせっかく人間サマに産まれたんだ、ちょうどいいバランスを見つければいいさ。 どうする?」

 彼女はそう言って、手を私に差し伸べる。私には彼女が救いの女神に見えた。

 

 私はもう迷わなかった、渇望しているのだ。 「猫の世界」に。

 スーツを脱いで、彼女の手を握る。

 

 ホームのゴミ箱にスーツを捨てた。手を引かれ、私はこれから「猫の世界」に行くために、いつもとは全く違う方向の電車に乗った。